+ひろこ的 写真日記

*around50 目に映る愛おしい日々の記録*

教えてもらったもの。

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小学4年生~6年生まで
同じ担任の先生。


この先生のイズムが一部
私の基礎的要素を構成しているような
部分がある。


今の時代
あの時の先生のやり方は
まったく通じないであろうことも多い。


指導熱心であることは
時に危うさも伴う。
大人になってわかることもある。


独特な教育方針だったゆえ

今では
絶対ダメだろうけれど


生徒全員がある時から
肥後守」を持つようになりました。


これが肥後守(ひごのかみ)


5年生の時だったかな?
もう40年ほど前の記憶なので
定かではないけれど


先生の目的は
自分でりんごをむけるようになること。


鉛筆を削れるようになること。

だったような…


とにかく詳細は覚えていませんが


りんごの皮をできるだけ
途中で切れることなくむくように
練習をお家でしたことを覚えている。


お陰で
りんごの皮がむけるようになった。


そして
私のクラスには
鉛筆削り器は置いていなかったので
自分で削れるようになった。


隣のクラスは
電動の鉛筆削り器が
置かれていたのも覚えてる (笑)


そして
手作りおもちゃもよく作った。


工作は苦手だったけれど
作るおもちゃで遊びたくて
なんとか楽しんで作ったことを思い出す。


そのおもちゃは
紙が伸びる 手作りおもちゃ

ググって見ると

「ペーパーヨーヨー」という名前みたいね。


あの時の先生は
何を目的として
あれを行ったのか??

自立心を育むことだったのか?
自分で何かをする・という体験をさせたかったのか?

わかりませんが


ひとつだけ
確かなことは


あの時から

りんごの皮を一人でむくことができ
鉛筆を刃物で削ることができる子供になった。


あの頃の生徒の数は
一クラス
43名前後いたんじゃないかな?


一人の先生が
刃物を自分一人で扱ったことのない
43名の子供を監督しながら世話をする。


先生の勇気も相当に必要だったのでは?


少々のけがは良しとされていた
あの時代ならではの

先生と子供の自信度、許容度
親と先生との距離感 信頼度 

がベースにあってのことだろうか…


昔を語っても仕方なく
今を生きていくことが大事だけれど


保護と過保護の線引き。

大人の自己信頼度と自己責任度が
関連してくるのかもしれない


あの時
血だらけになった友達の記憶はなく

みんなで楽しく 肥後守を握って
誰が上手に皮がむけるのか?
どれだけ先を綺麗に尖らせて削れるのか?
そんなものを競い合っていた。
そんな懐かしい思い出がよみがえる。



今もこうして
鉛筆が削れる。

三つ子の魂百までだね。


教わった勉強のことは
ほとんど覚えていないけれど


体で体得したものの
記憶保存力。


素晴らしい♪


最近の物忘れ
記憶力の低下に
少々恐れを感じておりましたが


忘れてないものがあると
わかり安堵した (笑)


記憶力の低下は
ほどほどで進んでいってほしいものね

Poi
Live Pono❥Hiroko



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