+ひろこ的 写真日記

*around50 目に映る愛おしい日々の記録*

記念。

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20年くらい前の写真となりますが

 

父と母 私

3人で

 

宮城県秋保温泉

伝承千年の宿 佐勘 前

で写した ありがちな

記念写真ね

 

それにしても

どこなのか

この写真だけでは

全くわかりませんね 笑 

 

私は

旅行会社勤務 四年半

その後

旅行関連会社 十三年

勤務しておりました。 

 

旅行関連会社は

一般の方には

あまり知られていない

 

お客様が

旅行会社というお仕事でした。

 

専門は

北関東〜東北エリア

 

関西のお客様を

そちらの方面にご案内する

会社で勤務。

 

 

関西の人には

あまり

馴染みのない東北エリア

 

 

私にとっては

とても

馴染みのあるエリアとなっております。

 

 

今は怪しいが

当時は

東北の地図は大体頭に入っていたので

出張も車で回ったものです♪

 

そして

この旅行も

紅葉シーズンに

両親に

東北の素晴らしい紅葉を

見てもらいたくて

行った旅行でした。

 

 

この時の写真を

母の遺影として

我が家では飾っております♪

 

 

母が母らしい体型の時

 

晩年

特に亡くなる前は

痩せてしまいましたのでね

 

 

私達が

慣れ親しんだ母の姿ではなく

 

 

父にとっても

私と弟にとっても

母はコロンコロン♪な

イメージゆえ

 

ずいぶん前の写真とは

理解しつつ

この写真を選びました。 

 

 

母に言われて

遺影の様の写真も何枚か

ここ数年で撮ったのだけど

 

 

やはり

この頃の母の顔が

なんだか良いよね。と

 

 

母にも

生前

遺影はこの写真にするよと

話をしていました。 

 

 

我が家は

母が亡くなる前に

たくさん

母の亡くなるときの話をしました。

 

 

お葬式の話。とかね

病室でそんな話をしてるものだから

同室の他のご家族は

さぞや驚いたことと思います。 

 

 

どう説明したらいいのか?

 

 

私にとっても

母にとっても

母の死は自然の流れの中に

起こりうる出来事として

捉えていたように思います。 

 

 

だから

母の希望をたくさん

生前に聞き

その希望を形にするために

動けました

 

 

亡くなった後

空から見た母が

なんと思ったかは

わかりませんが

 

母の希望はある程度

叶えられたのではないかと

思っています。 

 

   

いっとき

吉本新喜劇の小藪氏の

ポスターで

物議を醸し出した

家族会議。 

 

我が家は

きちんとできたように

思います。 

 

それは

母の強さと

母の覚悟が土台となってのこと。 

 

  

母は

そんなところも含めて

私に

生きていくとは?

いつか

死ぬということとは?

 

 

大方の人がタブーとしているであろう

 

生死について

しっかりと

私に教えてくれたように

感じています。

 

 

だからこそ

母の死はもちろん

大きな出来事で

今も考えたら

すぐ泣いちゃうけれど

 

 

いま

思ったほど寂しくはないし

側にいてくれることを感じる

  

 

母と私

たくさん話をしたからこそ

今を過ごせているのだろうなと

母に感謝している 

 

 

父との今の暮らしも

母はきっと

上から

 

「もぉ〜仲良くしなさいよ」

 

と呆れ顔で見ていることでしょう

 

 

私と父の間には母が

いつもいてくれた

 

見えなくても

今もいてくれてるのかもしれませんね

 

 

あぁ

いつか

父とまた2人で

佐勘に泊まってもいいな。

  

 

いつ行けるかなぁ

 

気兼ねなく旅ができる日が

待ち遠しい。

 

日増しに

感染者の数が

どんどん増していきますね

 

 

今一度

手洗いの励行に努めて

健康を保つよう

日々気をつけて過ごしていきましょ♪

 

伸びやかに

健やかにまいりましょ♪

 

Poi

Live Pono❥Hiroko

 

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